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東京高等裁判所 昭和60年(ネ)1452号 判決 1987年8月31日

第一五六六号事件控訴人 第一四五二号事件被控訴人(第一審原告) 延田政弘こと 鄭在洙

第一五六六号事件控訴人 第一四五二号事件被控訴人(第一審原告) 伊藤友蔵

右両名訴訟代理人弁護士 大友秀夫

同 佐々木鉄也

第一四五二号事件控訴人 第一五六六号事件被控訴人(第一審被告) 東海開発観光株式会社

右代表者代表取締役 福田国三

右訴訟代理人弁護士 髙山征治郎

同 池永朝昭

同 亀井美智子

同 山下俊之

主文

原判決中第一審被告敗訴の部分を取り消す。

第一審原告らの請求をいずれも棄却する。

第一審原告らの本件控訴をいずれも棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも第一審原告らの負担とする。

事実

第一審原告ら訴訟代理人は「原判決を次のとおり変更する。第一審被告は第一審原告鄭在洙に対し金七七二万円、第一審原告伊藤友蔵に対し金二〇万円及び右各金員に対する昭和五七年九月七日より各支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする。」との判決を求め、第一審被告の控訴に対し控訴棄却の判決を求めた。

第一審被告訴訟代理人は主文第一、二、四項と同旨の判決を求め、第一審原告らの控訴に対し控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上及び法律上の主張は、次に訂正する外、原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

(第一審原告ら訴訟代理人の陳述)

1  原判決五枚目表九行目冒頭から同裏四行目末尾までを次のとおり改める。

「8 このため、第一審原告鄭は金七五〇万円相当の腕時計及び現金二二万円、第一審原告伊藤は現金二〇万円をそれぞれ喪失し、右各金額相当の損害を蒙った。

そこで、第一審原告らは第一審被告に対し、第一次的に商法五九四条一項に基づく寄託契約の債務不履行により、また第二次的に民法七一五条に基づく不法行為により、損害賠償を求める。

第一審被告の過失の内容は、次のとおりである。

(一)  貴重品ボックスの運用について

(1) 第一審原告らを含む顧客に対し、その所持する貴重品をフロントに預けるか、貴重品ボックスを利用するかの、選択の機会を与えなかった。

(2) 貴重品ボックス内の物品の滅失毀損について、責任を負担しない旨の明告がなかった。

(二)  貴重品ボックスの管理について

(1) 貴重品ボックスの鍵の管理について、入浴の際にも鍵を身につけられるような工夫がなされていなかった。

(2) 脱衣場に監視員を配置していなかった。」

2  原判決五枚目裏五行目の「債務不履行ないし不法行為」を「第一次的には債務不履行、また第二次的には不法行為」に改める。

(証拠関係)《省略》

理由

一  請求原因12の各事実、同45の事実のうち、第一審被告が第一審被告クラブに鍵つきの貴重品ボックスを設置していたこと、同6の事実のうち、第一審原告らから入浴中に右鍵が盗まれたため、貴重品ボックスから本件財物が盗まれた旨の申告があったこと、及び同7の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、第一審原告らが主張する、本件財物についての寄託契約の成否について、判断をする。

《証拠省略》によると、次の事実を認めることができる。

(1)第一審原告らは昭和五七年四月一六日午前九時三〇分頃、クラブ対抗戦の練習のため第一審被告の経営する浜松シーサイドゴルフクラブを訪れた。(2)第一審原告らはフロントにおいてそれぞれ第一審被告の従業員に対し、貴重品を預かってくれるよう申し出たところ、右従業員は「貴重品ボックスがあるので、そこに入れて下さい」と勧めた。(3)そこで、第一審原告らは重ねてフロントで預かってくれるように依頼することなく、右の勧めに従って本件ボックスを共同で使用することにした。(4)第一審原告鄭は本件ボックスの鍵(以下「本件鍵」という)を保管することにして、これを上着のポケットに入れ、上着を収納したロッカーの鍵はキーステーションに預けて、プレイをした。(5)プレイ終了後、第一審原告鄭はロッカーの鍵を受け取って上着や着替えの衣類等を取り出し、ロッカーの鍵をキーステーションに返し、本件鍵を上着のボケットに入れたまま、二階の浴場に向かい、上着を脱衣篭に入れて入浴した。(6)第一審原告鄭は入浴後、本件ボックスを開けようとして、本件鍵がなくなっていることに気づき、第一審被告の従業員の立会の下に本件ボックスを開けてみて、本件財物が盗まれたことを発見した。(7)貴重品ボックスは、昭和五六年九月頃顧客から簡便に出し入れできる設備がほしいという要望に基づいて設置されたものであるが、その後においても、第一審被告はフロントにおける貴重品預かりを継続していた。そして、第一審被告のフロントにおける貴重品預かりの方法は、顧客が貴重品預袋に預け品を封入し、その袋に入れるのが適当でない預け品は他の方法で、第一審被告の従業員にこれを交付し、従業員はその常時監視する金庫内に収納するなどの方法を採って、第一審被告の事実支配のもとに置き、顧客に対して引換券を交付し、顧客が提出する引換券と引換えに、預け品を返還するという方法である。(8)第一審被告は本件盗難事故当時、浴場に貴重品はフロントにお預けくださいという掲示をしており、また、ロッカーの扉の内側にも貴重品は必ずフロントにお預け下さいという貼紙をしていた。

以上の事実を認めることができる。第一審原告らは、貴重品ボックス横の掲示板に「貴重品はフロントではお預りいたしませんので貴重品ボックスへ御預け下さい。」との記載があった旨主張するが、この事実を認めるに足りる証拠はなく、《証拠省略》によれば、貴重品ボックスを設置したので利用されたい旨の掲示があったにとどまることが認められ(る。)《証拠判断省略》

右認定事実によると、第一審原告らが第一審被告の従業員に対し本件財物の預け入れの申し込みをしたのに対し、貴重品ボックスの使用を勧めたことは、間接的に一応は右申込みを拒絶したものというべきであり、また、本件ボックスを使用したことについても、その鍵は使用者である第一審原告鄭において終始保管しており、第一審原告らは第一審被告の意思とは無関係に自由に保管物の出し入れをすることができるのであって、このことからみれば、寄託契約成立の要件である寄託物の、第一審原告らから第一審被告への所持の移転は、生じていなかったといわざるを得ない。

そうすると、本件ボックスの使用は、単に保管場所の無償貸与契約が成立したというにすぎず、第一審原告らと第一審被告との間で本件財物についての寄託契約が成立したということはできない。

なお、第一審原告らは本件の貴重品ボックスが本来フロントで行うべき貴重品の保管に代わる代替設備である旨主張する。その趣旨は明確を欠くが、仮りに第一審被告は、フロントで行うべき貴重品の保管の業務をしないのであるから、顧客の貴重品ボックスの使用については寄託があったのと同一の責任を負うべきであるとの趣旨であるとすれば、前記認定事実によると、第一審被告従業員は一応貴重品ボックスの使用を勧めるものの、顧客がなおフロントにおける貴重品の保管を求めればこれを行っていたといえるのであるから、右主張は前提を欠くものというべきであり、もとより、第一審被告従業員が顧客に対し一応貴重品ボックスの使用を勧めたからといって、第一審被告に寄託と同一の責任が生ずるものでもない。また、仮りに顧客の貴重品ボックスの使用とフロントにおける貴重品の保管とがその法的評価において異ならないという趣旨であるとすれば、その物の所持が第一審被告へ移転するか否かという点、換言すれば、物に対する事実支配が第一審被告へ移転したとみられる客観的関係の存否の点においてその評価は顕著な差異を示すのであって、右主張は採用することができない。

したがって、本件財物について寄託契約が成立したことを前提とし、その債務不履行を理由とする、第一審原告らの第一次請求は、その余の点について判断するまでもなく失当である。

三  次に、第一審原告らが主張する不法行為の成否について判断をする。

ところで、前記認定事実によると、本件盗難事故は、第一審原告鄭が入浴中に脱衣篭から本件鍵が盗まれた結果、これを使用して本件ボックスが開けられ、本件財物が盗取されたことによるものと推認される。したがって、その過程において第一審被告の過失が介在したかどうかを検討しなければならない。

第一審原告らは、まず貴重品ボックスの鍵に入浴の際身につけられるような工夫がなされていなかった旨主張する。なるほど、《証拠省略》によると、貴重品ボックスの鍵には、第一審原告が指摘するような、入浴中にも携帯できるようなゴムやビニールのバンドがつけられていなかったことが認められる。しかしながら、一般にゴルフ場内の浴場に入浴中の鍵の保管については、入浴中にも自ら鍵を携帯するとか、ゴルフ場従業員や信頼できる他人に保管を委ねるとか、他に適切な方法があるのであるから、ゴルフ場の経営者に第一審原告ら主張のような工夫をすべき注意義務があるということはできず、したがって、第一審被告に過失があったということはできない。

また、第一審原告は脱衣場に監視員をおいていなかった旨主張する。確かに、《証拠省略》によると、第一審被告は、脱衣場には主として備品の整備等を任務とする女子従業員一名とこれを補助する従業員を配置していただけで、盗難防止のための監視員を特に配置するようなことはしていなかったことが認められる。しかしながら、《証拠省略》によると、本件盗難事故があった当日は合計二一二名の利用客があったことが認められるところ、プレイ終了後ほとんど全員が入浴するのが通例であるから、監視員を置いていたとしても、誰がどの脱衣篭を使用したかを一々記憶するようなことは不可能であるし、犯人は一般利用客を装って犯行に及ぶものであるうえ、当時挙動不審者が徘徊していたという事実は、本件証拠上認められないから、監視員を置いていなかったとか、脱衣場の従業員が本件鍵の盗難を防止しなかったことをもって、第一審被告に過失があったということもできない。

第一審原告らはその外にも、貴重品ボックスの運用上の過失を主張するけれども、前記認定事実によれば、第一審被告は、一応貴重品ボックスの使用を勧めても、顧客がなおフロントにおける貴重品預かりを希望すれば、その取扱いをしていたところ、第一審原告らはフロントの従業員の勧めに従い、重ねてフロントで預ってくれるように依頼することはなかったというのであるから、フロントの従業員の前示態度のみを捉えて、第一審原告らが本件財物をフロントに預ける機会を与えられなかったとまでいうことはできず、また、第一審被告に過失があったものとすることもできない。

次に、第一審原告らは、貴重品ボックス内の物品の滅失毀損について、責任を負担しない旨の明告がなかった点をもって第一審被告に過失があると主張する。しかしながら、事情によっては第一審被告にこのような責任を生ずる場合もありうるのであり、また、貴重品ボックスを使用するより、フロントの貴重品預りの方が物の保管方法としては確実であることは、一般に認識されていることは経験則上明らかであるから(《証拠省略》によれば、同原告は他のゴルフ場では貴重品ボックスが設置されていてもフロントの貴重品預りを利用していたことが認められるから、同原告もこの点の認識はあったものと推認することができる。)、第一審被告に右のような告知をすべき注意義務があるということはできず、この主張も採用しがたい。

そうすると、第一審原告ら主張の不法行為については、過失の立証がなかったことになるから、その成立を認めることができない。

四  以上の次第で、第一審原告らの第一審被告に対する本訴請求は、いずれも失当としてこれを棄却すべきである。

よって、一部右と異なる原判決のうち、第一審被告敗訴の部分を取り消したうえ、第一審原告らの請求をいずれも棄却し、第一審原告らの本件控訴はいずれも失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法九六条前段、九三条一項本文、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 柳川俊一 裁判官 三宅純一 喜多村治雄)

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